出雲の荒神谷遺跡と出雲の国譲り

pic375657

写真:荒神谷遺跡。銅剣が出土したときの状況を再現している。

去年の10月に出雲を旅行してきました。

出雲に荒神谷遺跡という史跡があります。
この遺跡では、1983年に、
広域農道建設のための遺跡調査が行なわれた際に、
それまで日本各地で見つかっていた銅剣よりも多い、
358本もの銅剣が、未使用の状態で整然とならんで出土しました。
この発見は、当時考古学において世紀の大発見でした。

銅剣というのは、当時は大変貴重な武器であり、
それが、これだけの本数を所持していたということは、
当時の出雲の国が超軍事大国だったということを意味します。

にもかかわらず、
古事記で記されている「出雲の国譲り」では、
話し合いにより大和朝廷に国が譲られたとされています。

武力ではなく話し合いによって国が譲られる、
という事自体が現実的でないとして、
この古事記の逸話は長年信じられていなかったそうです。

でも、この荒神谷遺跡の発見によって、
大きな軍事力を持っていたにも関わらず、
戦った形跡がないということで、
この話の信憑性が高まりました。

出雲の国を治めていた大国主命(オオクニヌシノミコト)が、
国譲りの条件として、天にも届くような大神殿を建築し、
出雲大社を残すということでした。
現在は、出雲大社において、太い柱の跡が見つかっています。
この神殿が実在していたとすると東大寺をはるかに凌ぐ、
世界最大の木造建築だったということになります。

pic375867

写真:出雲大社の御柱御用、古代の高層神殿を支えた柱を再現したもの

pic375888

写真:出雲大社

軍事大国でありながら、話し合いによって戦わずして、
国を譲った条件として、出雲大社を残す、ということは、
つまり、その地の宗教は、尊重して残すということでした。

現代の日本人が「宗教」という言葉をきくと、
「なんだかうさん臭い」とアレルギーを持っている人もいますが、
本来、宗教、信仰は、人間にとって、
最も大切な「心の拠り所」です。

宗教・信仰を強制的に変えられたり、押し付けられたりすることなく、
相手の価値観や文化を尊重しながら話し合いによって
国が統一された古代の日本は、
世界史の視点から見ても奇跡でしょう。

ミャンマーの仏像はかわいい

ミャンマーの寺院、仏教施設を訪ねると、
日本の仏像とは、まったく異なる雰囲気の仏像を見ることができます。

ミャンマーは敬虔な仏教国で、
人々は働いて稼いだお金を
寺院に寄進したり、仏塔を建てたりします。

この国の仏像たちは、
色白で明るくて、かわいい、
という印象を受けます。

白い肌に、あでやかに化粧をして
にっこり笑っている巨大な寝大仏に
圧倒されたりします。

寺院というより、
テーマパークのようで、
けっこう楽しいです。

寝大仏はもともと
お釈迦様が亡くなるときの
涅槃に入られるときの様子を現わすものですが、

このミャンマーの寝大仏は、
とてもそんな様子には見えず、
なんだかちょっと不思議です。

親しみやすくて、良いんですけどね。

インドのエローラ石窟寺院

前回に引き続き、インドの石窟寺院です。

インドのアジャンタ石窟寺院の次は、
エローラ石窟寺院を訪れました。

アジャンタが原始仏教の遺跡なのに対して、
エローラは、仏教、ヒンズー教、ジャイナ教の寺院が
横に並んでいます。

ジャイナ教は、あまり耳慣れない名前ですが、
仏教と同じ時代にインドで発生した
仏教よりも厳しい戒律の宗教です。

ジャイナ教の寺院は、柱や壁の装飾が、
ギリシャ神殿を思わせる、美しく繊細なデザインで、
たいへん驚きました。

ヒンズー教の寺院は、様々な神々、象などの
彫刻が施されています。