column 「出雲の荒神谷遺跡と出雲の国譲り」

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写真:荒神谷遺跡。銅剣が出土したときの状況を再現している。

去年の10月に出雲を旅行してきました。

出雲に荒神谷遺跡という史跡があります。
この遺跡では、1983年に、
広域農道建設のための遺跡調査が行なわれた際に、
それまで日本各地で見つかっていた銅剣よりも多い、
358本もの銅剣が、未使用の状態で整然とならんで出土しました。
この発見は、当時考古学において世紀の大発見でした。

銅剣というのは、当時は大変貴重な武器であり、
それが、これだけの本数を所持していたということは、
当時の出雲の国が超軍事大国だったということを意味します。

にもかかわらず、
古事記で記されている「出雲の国譲り」では、
話し合いにより大和朝廷に国が譲られたとされています。

武力ではなく話し合いによって国が譲られる、
という事自体が現実的でないとして、
この古事記の逸話は長年信じられていなかったそうです。

でも、この荒神谷遺跡の発見によって、
大きな軍事力を持っていたにも関わらず、
戦った形跡がないということで、
この話の信憑性が高まりました。

出雲の国を治めていた大国主命(オオクニヌシノミコト)が、
国譲りの条件として、天にも届くような大神殿を建築し、
出雲大社を残すということでした。
現在は、出雲大社において、太い柱の跡が見つかっています。
この神殿が実在していたとすると東大寺をはるかに凌ぐ、
世界最大の木造建築だったということになります。

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写真:出雲大社の御柱御用、古代の高層神殿を支えた柱を再現したもの

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写真:出雲大社

軍事大国でありながら、話し合いによって戦わずして、
国を譲った条件として、出雲大社を残す、ということは、
つまり、その地の宗教は、尊重して残すということでした。

現代の日本人が「宗教」という言葉をきくと、
「なんだかうさん臭い」とアレルギーを持っている人もいますが、
本来、宗教、信仰は、人間にとって、
最も大切な「心の拠り所」です。

宗教・信仰を強制的に変えられたり、押し付けられたりすることなく、
相手の価値観や文化を尊重しながら話し合いによって
国が統一された古代の日本は、
世界史の視点から見ても奇跡でしょう。